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最高裁判所第二小法廷 昭和29年(あ)2760号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人佐藤博の上告趣意第一点について。

訴訟を遅延させる目的のみでされたことの明らかな忌避の申立に対しては、刑訴法は特に簡易手続を定め、その忌避された裁判官自ら決定でこれを却下しなければならないとしているところであって、かかる簡易手続を定めた同法の規定自体が当該忌避の申立を却下したときは、訴訟手続を停止しないことを意味しているものといわなければならない。従って刑訴規則一一条は、その当然のことを規定したものというべく、これを以て法律の枠を外れたものとする所論は当らない。従って又、刑訴四二五条は同二四条による却下決定には適用されないものと解するを相当とする。所論引用の大審院判例は、事案を異にする本件の場合に適切でない。してみると、第一審において弁護人から本件の忌避申立がなされてから後の訴訟経過については原判示のとおりであり、右忌避申立を却下する決定に対し弁護人ら即時抗告の申立があっても、訴訟手続を停止することなく審理を進めたことは正当であり、これを是認した原判決も亦正当であって、所論判例違反の主張は採用することができない。

のみならず、刑訴二四条と同趣旨の規定たる旧刑訴二九条についての当裁判所の判例(昭和二三年(つ)第六号同年一二月二四日大法廷決定、集二巻一四号一九二五頁)の趣旨に徴すれば、刑訴二四条による忌避の申立を却下した場合には、裁判所が訴訟手続を停止しなくても、又、却下決定に対し即時抗告の申立があっても、その抗告には同四二五条の適用がないものと解しても、それは組織構成において偏頗のおそれのある裁判所とはいえないから、憲法三七条一項に違反するものでないことも明らかである(昭和二二年(れ)第一七一号同二三年五月五日大法廷判決、集二巻五号四四七頁参照)。されば所論違憲の主張も採用することができない。

同第二点について。

原判決は、所論引用の当裁判所の判例に従って判断しているのであって、これと相反する判断をしたものではない。又、裁判所が被告人側申請の証拠を取調べなかったからといって、それを捉えて直ちに憲法三七条二項又は同三一条に反するものといえないことも右判例によって明らかである(第一審において被告人側から申請のあった証人の許否に関する同審の裁量の当否に対する原判決の判断は正当である)。論旨は理由がない。

同第三点について。

違憲をいうけれども、その実質は第一審並びに原審の専権に属する証拠の価値判断を非難する事実誤認の主張に過ぎない。のみならず第一審判決が挙示する各関係証拠を綜合すれば判示各事実を認めるに足り、第一審判決には所論の如き採証法則違背その他不合理と目すべき事由は存しない。所論憲法三一条違反の主張は、その前提を欠くものといわなければならない。

又、憲法三七条一項の「公平な裁判所の裁判」の意義については、前記第一点において引用しておいたとおり当裁判所の判例の存するところであって、所論の如く第一審判決に事実誤認の誤があるというだけの理由で、公平な裁判所の裁判でないということはできない。論旨はすべて理由がない。

同第四点について。

所論は単なる法令違反の主張であって、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

弁護人小玉治行の上告趣意第一点について。

原判決並びに第一審判決は、相容れない証拠で一定の事実を認定してもよいと判断したものではないから、所論引用の判例に反する判断をしたものではない。のみならず第一審判決は、その挙示する証拠の標目を内容の上からみると、なるほど判示に反する供述もあるけれども、それらの供述者の判示にそう供述もあるのであって、これらの判示にそう供述を措信し、これと多くの他の証拠とを綜合して判示事実を認定したものと解されるのであって、その判断に所論の如き違法ありとなすを得ない。論旨は理由がない。

同第二点について。

所論控訴趣意が第一審の手続に憲法三七条三項違反の事実のあったことを主張したものでないことは、控訴趣意自体に徴して明らかであり、所論は原審で主張判断を経ない新らたな主張であるから、適法な上告理由に当らない。のみならず本件は必要的弁護事件ではないから、弁護人がなくとも開廷できる事件であるばかりでなく、仮りに所論の如く弁護人選任権あることを被告人に告げなくても、憲法三七条三項に違反しないことは所論引用の判例にもこれを明言しているところである。論旨は理由がない。

同第三点について。

論旨の理由のないことは、弁護人佐藤博の上告趣意第二点に説示したところによって明らかである。

同第四点について。

本件は長期三年以下の懲役若くは禁錮にあたる事件であるから、刑訴二八五条二項の適用を受くべきのところ、同条項は、「右事件の被告人は刑訴二九一条の手続(冒頭手続)をする場合及び判決の宣告をする場合には、公判期日に出頭しなければならない」が、その他の場合には、「裁判所は、被告人の出頭がその権利の保護のため重要でないと認めるときは、被告人に対し公判期日に出頭しないことを許すことができる」ものとしているから、右所定の場合以外の公判期日には、裁判所が被告人に不出頭の許可を与えない限り、被告人は出頭義務があり、不出頭の場合には、開廷できないと解されるものの如くである。しかし、刑訴二八五条の規定を設けた趣旨は、同条所定の事件については同条所定の場合にのみ必ず出頭を要し、その他の場合は、被告人の権利保護の必要あるとき以外は出頭がなくても審理できるようにするに在ったものと解すべく、法律が被告人の出頭を欠くべからざるものとして要求しているのは、冒頭手続と判決宣告の場合とに限られ、その他の場合は、裁判所の裁量により被告人に出頭義務を課することも免除することも、共にこれを許しているものと解するを相当とする。従って、被告人が召喚されていたのに出頭しなかった場合に裁判所が不出頭のまま審理をすれば、そのこと自体が出頭命令を取消して不出頭許可の決定をしたものとみることができるのであるから、公判調書に被告人不出頭のまま審理したことが記載されているときは、すなわち、右許可の決定のあったことが窺われるのであって、特にこれを調書に明記する要はないものといわなければならない。これと同趣旨に出た原判決は正当であり、第一審の手続には違法はない。所論憲法違反の主張はその前提を欠き、適正な上告理由に当らない。

同第五点について。

原判決の措辞妥当を欠くとしても、そのいうところは第一審判決挙示の証拠で判示事実は充分認定できるというに在ることが原判文上明らかであって、何等証拠によらないで事実を認定したものではない。されば所論違憲の主張はその前提を欠き適法な上告理由に当らない。

同第六点について。

所論は量刑不当の主張で、適法な上告理由に当らない。

弁護人小野清一郎の上告趣意第一点、同第二点について。

いずれもその理由のないことは、弁護人佐藤博の上告趣意第一点、同第二点について説示したところによって明らかである。

同第三点について。

論旨中、第一審が被告人不出頭のまま審理したことを非難する点については、原判決中この点の判断は正当であり、第一審の手続には違法はない。又、第一審が弁護人なしに審理したことを非難する点については、弁護人小玉治行の上告趣意第二点について説示したように、原審で主張判断を経ない事項である。更に又、被告人不出頭のまま審理したのは、裁判所が不出頭の許可を与えたのによるのか否かの点については、右小玉弁護人の上告趣意第四点について説示したとおりである。そして論旨は、以上の諸点について憲法三一条違反をいうけれども、いずれも第一審の手続が刑訴法上違反あることを前提とするものであるが、第一審の手続に違法はないのであるから、違憲の主張はその前提を欠き、適法な上告理由に当らない。

その他記録を調べても同四一一条を適用すべきものとは認められない。

よって同四〇八条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 栗山 茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 池田 克)

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